交番の中の椅子の上で寝袋に入り一夜を明かした僕であったが、夜中も警官達が出入りしていた事もあり眠りは浅かった。しかし、交番の中は冬の外とは別世界の暖かさで、僕はぬくぬくと朝の七時まで寝させてもらう事ができた。先日大阪で二万円を詐欺師にあげてしまい、青春18切符と今までの食費などの金を差し引くと、手持ちの金は3万円強。あと約一週間旅を続けるつもりだったので、できるだけ宿泊費などで金を使う事は避けたかった。宮崎駅の警官達のおかげで、僕は宿泊費をうかす事ができた。よかった。昨日宮崎駅周辺を長時間うろついた甲斐があった。僕は警官達にお礼を言うと、みんな笑顔で見送ってくれた。
交番を出て、大きくアクビをしながら顔をポリポリ掻くと、少し髭が伸びている。ヒッチハイクをするからには印象も大事だと思い、僕は宮崎駅のトイレで髭を剃った。それにしてもホント髭はうっとうしい。僕は少し髭が濃い。時々髭剃り負けなんかすると、なんかもう「イーッ!!」となってしまう。そう考えるといらない毛というのはいっぱいあると思う。ここもいらないし、あそこもいらない、特にあの毛はよく絡まってむかつくし・・・。まあこんな事を言っていると、話題が下の方にいってしまうのでここらでやめておこう。
髭を剃ってさっぱりし、気合を入れ、今日は日南海岸に寄りながら、桜島そして鹿児島を目指そうと思った。まずは海に出よう。駅に止まっていたタクシーの運ちゃん海への行き方を聞いていると、その横で誰かを待っていた青年も話しに加わってきた。タクシーの運ちゃんとその青年によるとここ宮崎から海に出るには3kmもあるらしい。そんな事を話していると、その青年と待ち合わせしていた友達がそこに現われた。
「へえ、ヒッチハイクで九州廻ってるの。俺達これからどっか遊びに行こうと思ってたとこだから、途中までのせてあげようか?」
そう青年二人が言うと、タクシーの運ちゃんが
「そうだな、青島あたりまで乗せてやんなよ。」
このタクシーの運ちゃんと二人の青年はそこで始めて会ったらしく、知り合いでも何でもないようである。そんな人同士が実に自然に話している。僕にはこれがちょっと不思議に思えた。でもなぜかそんな青年とタクシーの運ちゃんとのやりとりを見て、この時少し良い気分になったことを覚えている。
結局、僕はこの青年二人の車で青島まで乗っけていってもらう事になった。ヒッチハイクをせずに、今日1台目の車に乗せてもらう事ができた。青島とはここ宮崎の有名観光名所の一つで、きれいな海岸線にある小さな島の事である。巨人軍の宮崎キャンプでは選手達が揃ってその島にある神社に参拝に来るらしい。二人の青年は僕と同じくらいの歳でここ宮崎にずっと住んでいて、幼馴染みの友達同士なのだという。二人の会話を聞いていると、二人の間には全く遠慮がなく、さばさばしていて言いたい事を言い合って、それでいて気が合っている。見ていて面白い。
僕も生まれてからずっと藤沢に住んでいて、地元の幼馴染みがいる。その幼馴染みといると、この宮崎の青年達と同じように、全く遠慮のない会話をしている。アホだの、ハゲだのという事を言い合ってはいるが、別にその言葉に意味はなく、怒りも湧いてこない。まだ蒙古斑の消えてない頃からお互いを知っているため、お互いのアホさを知り尽くしている仲だけはある。僕はこんな変な幼馴染みという仲がこれからも続いていけばいいと思う。まあこんな事を言うのは恥ずかしくて、その幼馴染み達には絶対言えないけど。
話を戻そう。その宮崎の青年二人と、東京の女の子と、九州の女の子どっちがカワイイかなんて事をワイワイ話しながら海岸線を走っていると、宮崎青年の一人が
「親戚の家が宇いろう作ってるから、ちょっと寄っていこうよ。」
と言う。その親戚の家の前に車を止め、少し待っていると宮崎青年が一つ包みをを持って家から出てきた。僕のためにただで宇いろうをもらってきてくれたのだ。いや、彼のおごりで宇いろうを買ってきてくれたのかもしれない。
「腹減ったら食べな。」
ニコニコしながら宮崎青年は僕に宇いろうを手渡してくれた。みんななんて優しいのだろう。僕は旅特有の胸の熱くなる感覚を感じていた。その青年達には青島の前で降ろしてもらった。
「宇いろうありがとう!」
別れ際僕は大きな声でこう言い、彼らに手を振った。
「気をつけて旅しろよー!」
助手席に乗っていた宮崎青年も僕に向かって手を振ってくれた。
青島の桟橋に立つ。風はかなり強いが、白い砂浜と青い海の美しさにおもわず笑みがこぼれた。本当に海の色が綺麗だ。湘南の海とはまるで違う。そして、砂浜より先には鬼の洗濯板と呼ばれている、波で侵食され、まさに洗濯板のような形の岩が広がっている。海岸線に岩があることなんてよくあるのに、こういった形のものを見るのは初めてだ。なぜここの地域の岩だけがこのような形になったのだろう。地球って不思議やね(非常に使い勝手のいい言葉)。島までは白い桟橋がかかっている。桟橋を渡っていると団体ツアー客のおばちゃん、おじちゃん達とすれ違う。
この団体ツアーのおじちゃん、おばちゃん達とは名所という名所で会うことができる。それは日本だけではなく、僕が行ったことのある外国でも会うことができた。唯一ラオスでは会うことがなかったかな。おじちゃん、おばちゃんが団体ツアーを楽しむのには賛成できる。彼らがこの大きなバックパックを背負って、貧乏な旅をする事はないとは思う。だが、団体ツアー客には若い人達も少なくなかった。これを見ると僕は少々げんなりしてしまう。ツアーでは知る事のできない事が多くあるのに、若いうちから団体ツアー旅行に浸かってしまって。もったいない。若い人には、言葉が通じなく、物事がうまく進まない外国こそ、団体ツアー旅行はしてほしくない。色々な苦労をして始めて気がつくことが絶対ある。それを感じることこそ旅の醍醐味なんじゃないのかと僕は思う。団体ツアー旅行ではなく、その土地土地の深い部分を見てほしい。
さて、桟橋を渡り青島に着くと、僕は砂浜に綺麗な貝殻がいっぱいあることに気がついた。貝殻を拾いたい欲求がどんどん大きくなり、僕は耐え切れず砂浜にあぐらをかいてドカっと座る。湘南の砂浜では見たことのないような形の貝殻がいっぱいある。そこで、僕はしばし貝殻収集に没頭してしまった。どれだけの時間そこで貝殻を拾っていたのだろう。こういう所の貝殻は持って帰ってはいけないのかなと思いながらも、小さめの綺麗な貝殻をビニールに入れ、自分のお土産にすることにした。その貝殻はというと今でも僕の部屋に飾ってある。ちゃんとこうやって使ってるんだから、持って帰っても文句はないっしょ。貝殻収集を終え、島の中を見て廻ると、奥の方に神社のようなものがあった。一応そこでも旅の安全を願って、五円玉を賽銭箱にいれた。砂浜にもどり、今度は横になってみた。空には雲ひとつない。いい日に海に来れた。少し日向ぼっこをしてから、僕は桟橋を渡り島を出た。この青島にこれだけ時間をかける人も珍しいかもしれない。まあほとんど貝殻収集で時間をくったのだが。
青島を見終わり、僕はまたヒッチハイクを始めた。ほんの五分ほどで優しそうな老夫婦の乗った車が止まってくれた。その老夫婦は今日たまたま日南を通って海を見ながらドライブをしていると言う。おばちゃんの日南海岸ガイドを聞きながら、いかにも南国っぽい木が道路わきに植えてあり、エメラルド色の海が見える道をしばらく走る。海の色は南に行けば行くほど鮮やかなエメラルド色に変わっていく。僕が桜島を目指していると言うと、一緒に行ってくれるというので、そのまま長距離ドライブの続きを楽しんだ。おじちゃんも明るい人だったが、おばちゃんはさらに明るい人で、話が途切れる事はなかったので、かなりの時間乗っていても退屈する事がなかった。名前をKさんという。
しばらくするとおばちゃんのガイドで桜島に着いた事がわかった。近くにほとんど木の生えていない山が見える。この山は御山というらしい。桜島の展望台のような所に着き、二人と一緒に車を降り周りの景色を見渡した。赤黒いゴツゴツとした岩石が一面に広がっていて、かれたススキがしょぼしょぼ生えている。まさに地獄のような風景とはこういうことを言うのだと思った。写真を何枚か撮り、車に戻ると
「今日泊まる所ないなら家に泊まっていきなさい。」
と言ってくれたので、僕はその言葉に甘えることにした。Kさん夫婦の家は宮崎の北に位置している、日向という所だった。僕は今日の滞在地から時間的余裕も考え、鹿児島に行く事を諦め、次の目的地として阿蘇を目指す事を決めた。
「家のお風呂はすごいよ~。」
おばちゃんがニコニコしている。家の風呂がすごいとはどういう事だろうかと僕も楽しみだった。合計で五、六時間は車に乗っただろうか。家の近くのスーパーに寄り、その後Kさんの家に着いた。立派な家である。おじちゃんと居間でくつろいでいると、おばちゃんが色々ご馳走を作ってくれた。楽しくビールや焼酎を飲みながら、美味しいご飯をたべた。本当に子供のように可愛がってくれる。お腹いっぱいご飯を食べると、その後は、噂のすごい風呂だ。このすごさというのが始めての体験だったが薪風呂だったのだ。浴室の隣の部屋に暖炉のような所があり、そこで薪を燃やす構造だった。僕も薪を入れるのを手伝わせてもらった後、風呂に入った。浴槽は綺麗で、僕の薪風呂のイメージとは違ったものだった。僕の中では薪風呂というのは古い感じの風呂(時代劇で出てくるような)だったが、ここは綺麗な薪風呂だったのだ。入ってみると尻の下からぽかぽか暖かい。薪風呂というのも気持ちいいもんだ。風呂から上がると二人共ニコニコしながら
「初めての薪風呂はどうだった?」
と聞いてきたので、僕もニコニコしながら
「いや~、ほんと気持ちよかったですよ~。」と言った。ニコニコする事で気持ちも明るくなり、どんどん元気になっていく。やはり人と話し、笑い合う事は大切だ。笑う事で健康になっているという実感がある。この老夫婦もこのような心のゆとりのおかげで健康を保っているのかもしれない。自然の中をドライブし、話をして、笑いあう。この二人は老後を笑いながら楽しんでいるという印象を受けた。こういうアクティブな生活をいつまでも続けたいものだ。二人がいつまでも健康でいてほしいと心から思う。この日は住所と電話番号を交換した後、暖かい布団で寝る事ができた。
日南海岸にて。
薪風呂を暖めている様子。


