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3月6日 宿無しヒッチハイカー最後の手段

Oさん邸の温かい布団で寝かせてもらった僕は、寝起きもよく(起こしてもらったが、普段の僕はちょっとやそっとじゃ起きない)、ぱっちりと起きる事ができた。朝ごはんをご馳走になり、僕は別府の地獄巡りをする予定を言うと、Oさんの奥さんが地獄巡りの最初の場所へ車で送ってくれるという事になった。Oさんの旦那さんとは家を出る時にお別れだった。僕はお礼を言い、家を出た。本当にいい人達と出会える事ができた。Oさん夫婦に出会えたおかげで、僕は初めての見ず知らずの人の家に民泊する事ができた。これで、旅をしていけるという自信もついてきた。

別府地獄巡り最初の場所、海地獄まで送ってもらい、そこでOさんの奥さんとも別れた。

「気をつけてね。」

と心配そうな顔で僕を見送ってくれた。昨日会った人がこれだけ心配をしているのだから、両親の心配といったらとんでもなく大きいものなのだろう。

バックパックの旅をすることを両親に言い出す度に、両親はその計画に反対してきた。結局は何を言われても「やると決めたら絶対やる」という僕の性格に、両親が折れるという形で、僕は毎回バックパックの旅に出てきた。

この一年後、僕にとって三回目のバックパックの旅であり、初の海外一人旅であった、アメリカ往復横断の旅をすると両親に言った時は、親父から

「全く親不孝な奴だ!」

と怒鳴られた。僕に将来子供ができて、その子供がバックパックのあてのない旅に出るなんて言い出したら、僕もおそらく反対してしまうだろう。自分の子供が、やれヒッチハイクだの、やれ野宿だのと言い出したら、心配するのも無理もない。だが、反対をして、それでも自分の子供が引かない根性を見せてくれるなら、僕も両親がしてくれたように、旅に出ることを許す事ができるだろうと思う。今ではそうやって僕を見送ってくれた両親に感謝している。

さて、別府地獄巡り最初の地獄、海地獄。地獄巡りのチケットを買い、どんなものかと湯気の立ち上っている池のような所へ歩いていく。なるほど。海地獄というだけあって、熱湯の池の色は綺麗なコバルトブルーである。僕はそこらにいる観光客に頼んで写真を撮ってもらいながら、ふーんという感じで見て廻る。

次は山地獄。海地獄からは少し歩いて行く事ができる。山地獄にはなぜかカバを始めとして、温泉熱を利用して様々な動物が飼育されていた。まあ、小さい動物園といったところだ。係員が一生懸命カバの周りを掃除しているのに、カバといったら温かい温泉に入りながらノンキにそのでかい口を開けてアクビをしている。自然にいるより狭い空間で生活しているとはいえ、彼らのようなのんびりしている動物にとっては楽な生活のように見える。何もしなくたって餌が手に入り、身の回りの世話してくれるのだから。この生活を当の本人達はどう思っているのか聞いてみたいもんだ。

山地獄の次はかまど地獄。ここは熱湯の噴気で御供飯を炊いてお供えする習わしがあることから、その名がついたらしい。噴気の上には作り物の鬼やら竜などが置いてあり、なんだかテーマパークっぽくなってきてしまった。

気を取り直し、次の鬼山地獄。ここも温泉熱を利用し動物を飼育している。ここでは動物といっても多くのワニを飼育していて、その量といったら半端ではなかった。小さい温泉池の中にうじゃうじゃといて、そこに飛び込んだら一分もしない内に、服しか残らないであろうと想像させるほどの多さである。う、ちょっと、気持ち悪い。

さて、次は金竜地獄。ここは、様々な仏像などが置いてあり、拝みに来たという感じの場所だった。一応賽銭箱に五円玉を入れ、旅の安全を願った。

次、白池地獄。ここは金竜地獄から少し距離を歩いた。別府の町並みが見える少し高い道路を歩いていった。別府の町のあちらこちらから温泉の煙が見える。高い位置から見えるここの景色は結構好きで、歩いていて気持ちがよかった。数分歩くと白池地獄に着いた。ここの熱湯池はまっ白で、熱帯魚を飼育している場所も館内にあった。まっ白な池というのもなかなか見られないと思い、また観光客に頼んで写真を撮ってもらった。

さあ、あと二つ。次は血の池地獄。ここは血のような真っ赤な色の大きい池があった。ようやく地獄っぽいのが出てきた。この真っ赤な温泉池には「おお~」と歓声をあげている観光客がいるほどで、なかなか見ごたえあるものであった。血の池地獄の足湯なんてのもあり、入ってみる事にした。赤い湯に足を入れるのはちょっと変な気分だったが、いい湯加減にうすめてあり気持ちがよかった。

最後に龍巻地獄。ここは約二十五分間隔で熱湯が約五分間吹き上がり続ける場所で、観光客も一番多かった。龍巻地獄に着いてみると、そこへ来ていた多くの人たちがベンチに座って、熱湯が吹き上がるのを待っていた。僕もベンチに座り待っていると、噴出し口の近くに立っていた人たちから「お~」という歓声が聞こえてきた。見ると、すごい勢いで熱湯が吹き上がっている。これには驚き、ついつい写真を撮ってしまった。

ようやく全部見終わった。まあまあ楽しめた。でもやっぱり温泉は見るより、入る方がいいかな。これら地獄巡りで撮った写真はというと、ほとんど湯気まみれでよくわからない写真が多かったのが残念である。

龍巻地獄を出ると、十二時頃になり、よく歩き腹も減ってきたので、近くに民家も見えるのでカップラーメン作戦を実行してみる。カップラーメン作戦とは、お昼時に民家に、

「一人旅をしてるんですが、カップラーメンを食べたいのでお湯をもらえませんか?」
 

と訪ね、

「どうせなら、家のご飯食べていきなさい。」

なんて事を言われ、運がよければご飯をご馳走になろうという下心のある作戦である。なんせ、貧乏旅行だからさ。どうなるものかと、すぐ近くにある民家のインターホンを押してみる。中からおばあちゃんが出てきた。

「一人旅をしてるんですが、カップラーメンを食べたいのでお湯をもらえませんか?」

と言ってみる。おばあちゃんは

「ちょっと待ってね~。」

と言って、僕を玄関に入れ、家の奥に入っていく。少しするとやかんに入ったお湯と割り箸を持ってきてくれた。ありがとう、おばあちゃん。そしてすみません。ご飯をご馳走になろうなんて思ったりして。いきなり家を訪ねてきた汚い格好をした男に、快くお湯を持ってきてくれるだけですごいことじゃないか。僕の心は邪悪でした。それに比べ九州の人は暖かいな。僕がヒッチハイクで旅をしていると言うと、使わなかったカレンダーをくれた。このカレンダーがあれば後ろに行き先を書いて、ヒッチハイク中、車に見せる事ができる。そこで、マジックペンを借り、カレンダーの裏に宮崎、鹿児島方面とデカデカと書いた。お湯とカレンダーのお礼を言い、おばあちゃんの家を後にする。

さて、腹も膨れ、僕はヒッチハイクを再び始めた。龍巻地獄から出てきた観光客の女の子三人組が僕をちらちらと見てきたので、

「どこまで行くんですか?」

と聞いてみると、

「福岡に帰るんですよ~。」

と言ってきた。女の子三人の車に乗ればそれはそれは楽しいだろうが、福岡にとんぼ返りするわけにはいかない。残念だが宮崎、鹿児島に行く事を言うと、

「頑張ってくださいね。」

と言われ。その子達とは別れた。

気を取り直し、カレンダーを右手に持ち左手の親指をピッと上げると、十分程で赤ちゃんをチャイルドシートに座らせている若いお母さんが止まってくれた。

「宮崎までは行かないけど、宮崎方面までいく車通りが多い所まで乗ってく?」

と言ってきてくれた。僕はニコニコしながら車に乗り込むと、本当に小さい赤ちゃんがすうすうとチャイルドシートの上で寝ていた。赤ちゃんの足の指なんて豆粒のように小さかった。正直僕は驚いていた。こんな小さい赤ちゃんがいるのに、見ず知らずのヒッチハイクをしている男を車に乗せるなんて、心配ではないのだろうか。僕がもし乗せる方の立場で、自分の赤ちゃんを乗せていたら見ず知らずの男を乗せる事はできないかもしれない。だが、その若いお母さんはいたって普通の事のように、自然に僕と話をしている。うーむ。まだまだ僕の頭は関東地区の頭なのだろうか。僕の住んでいる神奈川県の藤沢もそんなに都会とは言える場所ではないが、やはりここ九州の人達と雰囲気、見知らぬ人との接し方などは少し違うように思える。その優しさは、何か生活全体から出てきている余裕からきているもののように思える。金銭的なことで関東と違いがあるのかはわからないが、金銭的な余裕というよりも、生活の流れに余裕を感じられる。忙しなく歩いている東京駅にいる人達とは明らかに違う雰囲気を持った人達がここ九州には多くいる。そして、その優しさで僕は民泊ができ、ヒッチハイクの旅ができている。自分もこれから生きていく中で余裕を持った生活を送りたいものである。

十五分程乗せてもらい、宮崎へと続く車通りの多い道路で降ろしてもらった。そこは海が見える景色のいい場所で、またいい気分でヒッチハイクを再開する事ができた。「さあさあどんどん進むよ~。」と意気込んで両手でカレンダーの裏側を頭の上に掲げた。すると、五分もしない内に一台の乗用車が止まった。荷物を持って走りよると窓が開き、

「大分駅近くまでだったら乗せてやるぞ。」

と中からごついおっちゃんが顔を出し言ってきた。

「お願いします!」

と言い、僕は車に乗り込んだ。話をしてみるとそのごついおっちゃんも、若い時にヒッチハイクの旅やバイクの旅をしたことがあるのだと言う。そのおっちゃん曰く、ヒッチハイクは自分の少し後ろに車が止まりやすいスペースがあると、車は止まりやすいらしい。乗せる方はヒッチハイクをしている人の顔や雰囲気などを横を通り過ぎる時に見るらしい。そういえば自分より前で止まった車は今まで一台もなかった。全て僕を通り過ぎ、少し進んだ所に止まってくれていた。なるほど、さすが経験者の言う事は参考になる。次からそういう所も意識しよう。そして、そのカレンダーの裏に行き先を書くのはいい考えだと褒められた。遠くからでも行き先がよく見えたらしい。その他、二十四時間営業のスーパー銭湯や道の駅という二十四時間閉まらない駅は、泊まる所がなかったら使えるなど旅に関しての様々な情報を教えてくれた。そのおっちゃんは旅についての色々な話しをしながら非常にいい表情をしていた。そのおっちゃんの気持ちが今の僕には良くわかる。旅人は共通する考えや意識を持っている。それについて話す事は旅人にとって非常に面白い。おっちゃんも僕と話しながら昔の旅を思い出していたのだろう。その事を思い出し、旅をしている時、特有の胸の高鳴りを感じていたのだろう。旅を経験したことのある今の僕にはそれがわかる。

一時間程度乗っただろうか、時間はあっという間に過ぎていた。わざわざ自分の目的地を過ぎ、宮崎までへと続く車通りの多い所まで連れて行ってくれた。ありがとう、ごついおっちゃん。さあ、今日三台目のヒッチハイクだ。なんだか自信もついてきた。ヒッチハイクを始め十分程待っていると、遠くから一台のイカ車がうるさい音を鳴らして走ってきている、まあ止まらないだろうとは思いつつ、ヒッチハイクのサインの親指は面倒臭いので下ろさないでいると、なんと僕の少し後ろでその車は止まってしまった。一応止まってくれたので、荷物を持って近づいてみると中には気のよさそうな青年が一人座っていた。これなら万が一金を脅し取ろうとされてもなんとか抵抗できそうだった。

「あんまり距離行かないですけど・・・よかったら。」

あ~、こりゃ絶対良い奴だ。僕よりも年は若そうだし、丁寧にも敬語まで使ってくれている。

「どうもどうも。」

なんて言いながら車に乗せてもらい話をすると、この青年は近くの車整備所で働いている、車とバイクを愛する気さくな青年だった。僕も前々からバイクの免許を取りたいと思っていたので、どんなバイクが良いとか悪いとかいう話をしたり、バイクの楽しさなどを教えてもらったりした。

僕はこの年の十月、つまりこの旅をして七ヶ月後に普通自動二輪免許を取った。この青年との話が僕を直接的に突き動かしたという訳ではないが、バイクの面白さを熱く語っていたその青年を見て、その時「バイクもいいかもな。」と少し思った事は確かであった。今僕は友達から格安で新しいとはお世辞にも言えないヤマハのアメリカンタイプのバイクを買い取り、あまり遠出はしないが毎日のように僕の足として使っている。とてもじゃないが新車なんて買えなかった。店で売っている中古車なんてのも僕には手の届く値段ではなかった。それは運良く見つけたバイクだった。あの青年と話していた時も

「俺はアメリカンタイプのバイクに乗りたいな。」

なんて事を言っていた。確かにバイクに乗っている時はいい気分になる。あの青年の話していた事は本当だった。真冬のバイクは恐ろしい程の寒さだけどね。

その青年には三十分程行った所で降ろしてもらい、彼は爽やかに仕事場へと走り去っていった。またヒッチハイク再開。これまた十分程で一台の車が止まってくれた。車に走り寄ってみると、今度は買い物帰りの親子の乗った車だった。その車に乗っていた女の子の歳は僕の一つ下でちょっと可愛い子だった。通り道にトトロの森という所があるというので連れて行ってもらう事にした。少し通りから入った所で止まり、遠くの方に看板が立っているのが見えた。お母さんは

「車で待ってるから、ちょっと行っておいで。」

と言って、その女の子にも行ってきなさいとジェスチャーをした。僕とその女の子でその看板へ歩いていくと{トトロの森}という文字が見えてきた。

「大した所じゃないけどね。」

と言いながら、女の子は

「こっちよ」

と僕の少し前を歩いた。看板を超えると、木で作られた小さいトトロがいっぱい置いてある。

「カワイイでしょ。」

とその女の子はトトロを見ながら言う。

「そうだね。」

なんて僕はなぜかちょっと緊張しながら言う。

「私も東京とかに住んでみたいな。」
「俺は東京嫌いだけどね、そんな良い所じゃないと思うけど。」

その時その女の子は十九才だった。今頃違う環境を求めて東京に住んでいたりするのだろうか。それとも、住み慣れた地元を離れずにいるのだろうか。

車に戻り東京での大学生活の事などを話しながら、三人でワイワイ騒ぎながら山の中を走る。そんな時その女の子の携帯のストラップに男の写真が貼ってあるのが見えた。「は~あ、みんな彼氏いるんだもんな~。」となぜか少し心の中でテンションが下がったが、気付かれないよう話を続けた。その親子はわざわざ家を通り抜け、宮崎からも人が来るという店の前まで連れて行ってくれた。ほんとみんな優しいな。買い物帰りの親子とはそこで別れた。

ヒッチハイクを始めると、一台の大きい音を鳴らした車が僕の横を通った。通り過ぎながら後部座席に乗っていたヤンキーが窓を開け僕を見ながら、僕と同じように親指を上に立てている。乗せてくれる訳じゃなかったので、ちょっとひやかしているようだった。まあそんな事気にしてたらこんな旅できないし。はいはい、次々。

山道のため、道は広いが車通りが少なくここでは三十分程車が止まってくれなかった。そして、やっと一台の車が止まってくれた。中には仕事帰りであろうおっちゃん達が四人乗っていて、ギュウギュウになりながらも大荷物の僕を乗せてくれた。後部座席に座っているおっちゃんの一人は、午後四時時頃というのに早くも少し酔っている感じだったが、みんな明るい人達でワイワイした車の中も楽しかったし、山道から見える川などの景色も綺麗だった。

一時間近くは乗せてもらっただろうか。

「宮崎に行くにはこっちだ。兄ちゃん、頑張れよ!」

と言われ、またいい気分になった。もう5時近くだがまだ進めそうだったので、またヒッチハイクにチャレンジしてみたところ、すぐに車が止まってくれた。中には僕と同じ位の歳の青年が乗っていた。聞くとその青年は鹿児島大学の三年生であるという。車内ではお互いの大学生活の事などを話した。彼は寮生活という事もあり、大学の友達と毎日のように焼酎を飲んで、結構楽しい大学生活を送っているのだという。

僕も大学の友達といるのが楽しくない訳じゃない。カラオケ、ビリヤード、ボーリング、飲みなどお馴染みの遊びはよくしていた。だが、みんな家が離れていて、終電も早いとあって、なかなか夜まで遊ぶ機会が少なかった。それに比べるとやはり、地元の友達と遊ぶ回数の方が多かった。それに、学校の課題やらがそこそこ忙しく、遊んでばかりもいられなかった。僕も地元を離れ寮生活とかをしたら、大学生活に結構楽しかったのかもしれない。

宮崎駅に着き、その大学生は

「鹿児島まで一緒に行って、今日焼酎でも飲む?」

と言ってくれだが、宮崎にある日南海岸を見たかったので、宮崎駅で降ろしてもらう事にした。かなり長い時間を乗せてもらっていて、もう既に9時近くになっていた。今日泊まる所を探さなければ。しかし、宮崎駅周辺は別府とは違い案外都会だった。てくてく駅周辺を歩き回り、試しに民家を訪ねてみる。

「東京の学生で一人旅をしてるんですが、寝袋持ってるんで玄関でもいいので寝かせてもらえないでしょうか。」

家の中から出てきた背の小さい大人しそうな男の人は、僕を宇宙人でも見ているかのような顔をしている。沈黙に耐えられず僕から

「できないですよね、すみません。」

とそそくさとその家を後にした。やばい、見知らぬ土地で泊まる所が見つかっていない事への心細さがどんどん大きくなっていく。ここ宮崎駅周辺のような都会っぽい所では民泊はできないだろうと見切りをつけ、僕は安く泊まれる所を探す事にした。コンビニでおにぎりを買い、おにぎりを食べ歩きながら駅周辺を徘徊し、ようやく漫画喫茶を見つける事ができた。十二時以降に入れば千円で朝までいることができるらしい。だが、まだ十二時まで一時間以上ある。僕は漫喫をキープし、もう少し駅周辺を歩いてみることにした。

長い時間重いバックパックを背負って歩いたのと、今日一日、色々な車に乗り、長距離を移動した疲れがどっと出てきた。宮崎駅は深夜は閉まってしまい、寝袋で寝るスペースなどなかった。何より寒すぎて外では眠れそうにない。もういい加減、満喫に行こうかと思った時、大きな交番が目に入った。「そうだ、交番で寝させてくれないかな。」と僕は思い、自分の疲れからなんのためらいもなく交番に入った。しかし、警官達はパトロールに行っているのか誰もいなく、僕は暖房の効いた交番の中で日記を書いて待つことにした。警官はなかなか帰ってこなく、猛烈な睡魔に襲われた僕は、交番の中にあった椅子に寝袋を敷いて、図々しくも寝させてもらう事にした。

少し眠っているとガラガラとドアが開いた音がしたので見てみると、女の子が三人交番に入ってきた。その子達は友達と駅で待ち合わせをしていたのだが、外が寒いのでここの交番に入ってきたのだという。少し話をしていると車のプップーとクラクションが外から聞こえてきた。どうやら女の子の友達が来たらしい。交番を出る間際、その女の子の一人が

「飴ちゃんあげるよ。」

と持っていた飴を三つくれた。

「ばいばーい。ヒッチハイク頑張ってね~。」

とカワイイなまり混じりな言葉で言われちょっと嬉しかった。

結局警官達はぞろぞろと午前一時頃に帰ってきた。寝袋を敷いて寝ている僕を見て少し驚いていたが、貧乏旅行をしていると事情を話すと、警官達は優しい笑顔で快く交番の中の椅子で寝る事にOKを出してくれた。さらに気を使って、お茶を出してくれたりもしてくれた。交通違反で僕を捕まえ、血も涙もなく威圧的に罰金を課せてきた○○○県警とは大違いだった。僕はこの時程、警官の事を正義を貫く優しいヒーローだと思った事はなかった。

という訳で僕はこの日、交番に泊まる事になったのである。

血の池地獄の足湯に入ってる図。 img006.jpg

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