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3月4日 夜の街中州へ

今日の朝はゆっくりだ。十一時に起床。H君が広島風お好み焼きを作ってくれた。慣れた手つきで作っている。どうやら台所や冷蔵庫を見る限り、H君はちゃんと自炊ができているようだ。広島風お好み焼きもうまい。お好み焼きに挟まれた焼きそばもうまい。いや~、なんか旅に出てから今まで友達の世話になってばかり。明日から頼る当てのない旅にでるが、大丈夫なのだろうかという不安が少し湧いてきた。夕方になったら、大学の友達と一緒に遊ぼうという事になっていたが、それまで時間があった。家でグダグダしながらH君と話をした。

H君とはクラスも一緒になった事がないし、部活も違った。だが、友達の友達という具合で知り合い、高校の体育祭の時に仕事を一緒にした事で仲良くなっていた。H君も、僕と同じく一浪で大学に入った。浪人中もH君とは予備校の自習室の前でよく話していたものだ。浪人をした事のある人は、この自習室の前での友達との雑談の面白さがわかるだろう。くだらない話で本当に盛り上がってしまうのである。

H君と家で話をしていると、どうやら彼も大学生活に何か物足りなさを感じているようであった。そんな、物足りない大学生活を打開すべく、彼はこの年の夏休みにイギリスへ短期留学をする事になっていた。

短期留学。H君のその話を聞いて、それもいいかもとその時僕は考えた。いつか、行ってみたい。パスポートさえ持っていない僕は、いつ行くことができるのだろう。いや、いつでもいけるはずだ。問題は金だな。H君も言っていたが、とにかく短期留学には金がかかると。バイトして金がたまったらいくっきゃないなと思った。そして、次の年、2003年春休み。僕はオーストラリアに6週間短期留学をした。十万円程両親から借金をして、短期留学から帰ってきてからはバイトをしながら月々二万円づつ返していった。やろうと思ったら大体の事は実現できるものなのだと思う。あ~、そういえば、毎日学食のかけそば食って節約してたな~。かけそばに胡麻をかけて、

「胡麻を入れて栄養バランス考えなきゃね。」

なんて言ってたな~。僕の周りの友人達もかけそばや、カップラーメンで節約をしていた。そんな時僕は、ホント学生って金のないものだとしみじみ思う。まあ今となっては貧乏生活も笑い話として良い思い出になっているが。

また話が脱線した。H君も僕もそうだが、多くの僕の友人達の話を聞いても、大学生になって悩んでいる人は多いと思う。高校までとは全く違う空間で、思い描いていた自分の進むであろう理想像と、今の自分とのギャップに嫌気がさし大学をやめる人も多い。僕の場合は大学を卒業し、大学院に進み、研究ができる仕事に就く、なんていうぼんやりした想像図が大学入学前にはあった。だが実際大学に入り、授業を受け、実験をしてみると、研究職は僕には到底向いてない仕事なような気がした。そう一旦思ってしまうと、それからの授業は恐ろしく退屈なものになってしまい、自分とは関係のないようなものと考えてしまい、興味が湧かなくなってしまった。だが、大学を辞めてしまったら、浪人の苦労も学費も全てが無駄になってしまう。それに、まだ大した研究をした事もないのに、つまらないと決め付けるのも危険な選択だと思った。実際僕でさえ、4年生のある時期(ある日と言った方がいいかもしれない)、自分の研究に時間を忘れ没頭した時もあった。いつ何に興味が湧くか、その時になってみないとわからないものなのだと思う。この旅に出た時はまだ卒業までに三年あった。卒業まで、自分なりに答えが出るまでは大学の単位は取っておこうと思った(そう思ったもののちょこちょこと落とした単位もあるが)。大学を辞めようと思っている人は、今一度考え直してほしい。大学を辞めて、心から打ち込んでやりたい事が本当にあるのか。何かやりたい事がない限り、大学を辞め、選択肢と自分の可能性を狭めるのはもったいない事だと僕は思う。そして何より、自分が今までしてきた事を無駄にしてしまうのはもったいない。時間はある。単位が貯まってしまうと嫌になってしまうので、単位をできるだけ落とさないようにして、長い時間をかけて自分の道を探していけばいいと思う。みんな悩んでるんだから、自分もその中の一人として悩むのはあたりまえの事だと思う。みんな考え、時には方向転換しながら色々な道を選んで行くものなんだから。大学生は何も考えてないように見えて、みんな結構悩んでいるものなのだと僕は思う。

H君とお互いの大学での生活の事や、なぜ大学が物足りないと感じてしまうかなど、長い間話をした後、僕らはH君の大学の友達、通称Mちゃん君と合流し、中州に行き、博多ラーメンの一蘭でラーメンを食べた。その後、まだ腹八分目だった僕らは、屋台で焼き鳥を食べ、ビールを飲んだ。屋台は初体験だったので、キョロキョロして周りの客や屋台の親父を見ていた。簡素な造りの屋台に、客がぎっしり入っている。客はおっさんばかりで、サラリーマン風から、年中酒を飲んでますといった感じのおっさんなど様々な人がいる。僕もおっさんになったらこういった屋台に入り、屋台の親父に仕事の悩んでいる事でも話しているのだろうか。

その後、僕らは中洲の「夜の街」見学に行った。怪しいネオン街に入ってきた。電話ボックスや、道端にはピンクチラシが散乱していた。ここ中洲のピンクチラシはニュースで問題になっているのを見た事がある程だ。その量といったら半端ではない。電話ボックスの中はピンクチラシで埋め尽くされていた。緑色の公衆電話表面を見る事ができないほど、ピンクちらしが貼ってある。裸同然のおねえさんの写真が載っている。僕はそのピンクチラシを数枚拾い上げた。その時、名案が閃いた。

「あっ、これ友達のお土産にしよう。」

このピンクチラシ、案外友人達からウケはよかった。

夜の中洲の店の前ではミニスカートの女達が客引きをしていた。んっ?僕らには声をかけてこない。どうやら、汚い格好をしているガキ共には用がないようである。中州の雰囲気を体感し、金のない僕らはH君の家に戻った。Mちゃん君とは家に帰る途中で別れた。H君の家に戻ると、坊主頭の男が部屋の中に座ってテレビを見ていた。彼はH君の大学の友達で坊主頭のN君という。明日の追試のため、寝坊しないよう学校が近いH君の家に今日は泊まるのだという。明日追試というのに彼はテレビを見ている。H君は坊主頭のN君にこう質問する。

「余裕だね。明日の追試大丈夫なの?」

返事はこうだ。

「全く自信ない。」

結局彼は追試前日といのに、教科書に触れさえしなかった。 こうは言ったものの、僕もテスト前日はテレビを見て、用もないのに何度も冷蔵庫の中をのぞきに行き、何もテスト前日にしなくてもいいのに部屋の掃除をして、さらにノッテル日は実家にあったスラムダンクを1巻から読みなおしてしまう。それが、人の性だよね。そう思いません?

坊主頭のN君から出身地沖縄のお菓子をもらう。これで沖縄も制覇かな?

ついに明日からヒッチハイクの旅の始まりだ。

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