朝七時頃に起き、何か手伝おうと一階に下りると、元大工のおっちゃんが、
「ヤギか子供産んだぞ、見てみい。」
と言った。庭に行ってみると二匹の子供が羊水と血がついた体でヤーヤーと鳴いている。しかし、なぜかそのうち一匹が小屋からでてしまっていて、親ヤギ(名をメリーという)は小屋の中にいる一匹だけの子ヤギしか、メリーは世話をしていなかった。このままでは真冬の阿蘇の寒さで子ヤギは死んでしまうだろう。元大工のおっちゃんは僕を見て、
「朝から仕事ができたぞ。」
と小屋から出ている子ヤギを指差し言った。僕は子ヤギを風呂場へ運び、大工のおっちゃんと子ヤギをぬるま湯で洗った。子ヤギは本当に小さくピンク色でプヨプヨだ。首もまだ座っていない。こんなに小さく、何もできないのにこの子ヤギは息をして生きている。生きているという事が何か不思議だった。子ヤギを洗い終わり、子ヤギを返しに小屋に戻ると何とメリーはもう一匹赤ちゃんを産んでいた。聞くとヤギが3匹も子供を一気に産むことは少ないという。メリーのお腹は3匹の子ヤギ分ペッコリとへこみ、随分とぐったりとした様子だったが、後はメリーがちゃんと世話をしてくれるかに任せる事になった。
その後、僕はパン作りの手伝いをしようと思い、パン作り専用の小屋へと行くことにした。小屋に向かう途中ふと阿蘇の山を見てみると、外隣山の外側に霧がかかり、まるで阿蘇山が雲の上に浮いているようだ。それを見たH君は、
「山が動いてるみたいだ。」
と詩人のようにポツリと呟いた。本当に中学生とは思えない渋い落ち着きを持った子だ。小屋の周りを見ると、鶏が離し飼いにしてある。何とものんびりした所だ。
パン小屋に行き、パン焼きの際に使用するケースを洗うのを手伝った。パン小屋にはOさんがパンを作るため作業をしていて、パンを焼き、発酵中のパンに霧吹きをかけたりと結構忙しそうにしていた。少しするとパン小屋にオーナーがやってきて、いきなりオーナーがOさんを怒り始めた。どうやら、普段は小庭さんがやっていないパン造りの工程をOさん一人でやってしまい、いくつかのパンを駄目にしてしまったようだった。Oさんは僕が見学しに行ったので、頑張っていいところを見せてくれようとしたのかもしれない。僕はパンを焼くときに使う容器洗いを手伝った。なかなか、こびりついたパンがとれなく大変だったが、少しでもお礼になればと思い一心不乱に容器を洗い続けた。
容器を洗い終わり、外に出てみると、ヤギ小屋で元大工のおっちゃんと、H君が何かをしていた。近寄ってみると、H君が僕に気がつき、
「メリーの赤ちゃんが3匹全部死んでしまった。」
と言った。元大工のおっちゃんによると、メリーが生まれてきた子供の世話をあまりしなかったと言っていた。
「親がしっかりと世話をしなかったのだから仕方がない。」
元大工のおっちゃんはポツリと呟いた。
僕とH君で3匹の羊の赤ちゃんの墓を作り埋めてあげた。埋めている間もH君は、
「かわいそうにな、せっかく生まれてきたのに。ごめんな。」
と何度も羊の赤ちゃんに話しかけていた。
十一時頃になると、できたパンを町へと売りに行くというので、僕とH君とOさんでパンの営業に行った。軽トラックにできたパンを詰め込み、まずは会社の事務所など得意先を回る。小さい事務所のお姉さん達が買ってくれた。そして、町に出ると、籠にパンを入れ、公園などに来ている奥さん達に直接パンを売る。昼前という事もあって、パンの売れ行きは結構よかった。たまに冷たく断られる事もあったが、これまた面白い経験をした。
パンを売り終わり軽トラックに戻っていく途中、H君が
「タバコ吸う?」
と言ってきた。タバコを吸わない僕は、普段ならこういう風に勧められるタバコは絶対に断っているが、なぜかこの日はH君からタバコを受け取った。吸ってみるが、案の定むせて全然美味しくも何ともない。
僕はタバコを吸わない。バスケをずっとしてきたという事もあるが、タバコを吸わない一番の理由は、タバコを吸う意味がないと思っているからだ。酒は酔って気持ちよくなり、楽しいので飲む。タバコは美味しくもなく、酔って楽しくなる訳でもないので吸わない。酒は飲む、タバコは吸わない。これは僕にとって非常に自然の事だった。
よくタバコを吸わないと言うと、
「へえ、まじめだねえ。」
というやつがいるが、まじめどうのこうのは関係なく、自分にとって意味のない事をわざわざ金をかけてやる必要はないと思っているだけだ。
H君からもらったタバコを一応礼儀と思い、吸い終わり軽トラックに戻った。家に帰りがてら、ファミレスによって昼ごはんを食べる。これもパンを売るのを手伝ってもらったという事で、奢ってもらってしまった。ホント九州に入ってお金を使っていない。世話になりっぱなしだ。
家へ帰って少しベットで日記を書き、7時前に夜ご飯を食べ始めた。食事は少し質素な印象を受けた。あのパンを売って生計を立てているとの事で納得はいく。彼らの生活は余分の金がある生活ではなかった。しかし、彼らは楽しく活き活きと暮らしているように思えた。その夜も酒を飲みながら、それぞれのこれまで辿ってきた道を聞かせてもらった。それぞれ波乱万丈な人生を送ってきていた。色々な年代の違った道を歩んで来た人との話は新鮮だ。普通に学校の中だけで生活していては、同じ年代の、大体似た道を歩いてきた人と関わる事がほとんどである。似た仲間の中にいるのは心地が良い。でも、新鮮さにはやはり欠ける。今回の旅に出て僕は自分とは違う道を辿ってきた人たちと多く話ができている。それは確かに新鮮だった。
O君以外は酒を飲み、陽気にそれぞれの部屋に帰っていった。H君と僕はボーっとテレビを見ていると、
「すごい、星がきれいな所があるんだ。せっかくだから見に行く?」
と言ってきた。玄関の何かを掴み、H君はなぜか、そろーっと家を出て行く。少し歩くと軽トラックが見えてきた。H君はその軽トラックのドアを玄関から持ってきた鍵で開けて、僕の方をニヤリとした顔で見て手招きする。
「じゃ、行こうか。」
なんと、H君(15才)がマニュアル車を運転をして、20才の僕が助手席に座っている。さすが、元暴走族というだけあって、マニュアル車で真っ暗な坂道を見事に運転している。いやいや、何を関心してるんだ。
10分ほど阿蘇の山道を走っていくと、灯りが何もなく、見晴らしのいい所に着いた。外に出ると今まで見たことのないくらいの星が空一面に散らばっている。
「すげえ・・・。」思わず僕は呟いてしまった。こんなの見た事がない。星の数がとにかく多い。神奈川で見るよりも何百倍もの多さかもしれない。星が多すぎて星座なんて判別できやしない。今まで国内外問わず色々な所に行ってきたが、この時の星空が一番綺麗で圧倒された。しばらく無言で星空を見ていた。少ししてH君が独り言のように話し始めた。
「俺はこの綺麗な自然の中で変わる事ができた。ここに来るまでは本当に好き放題してきた。親にも迷惑をかけていっぱい泣かせた。警察にも世話になる事もあったしね。本当に悪い事をしてきた。でも、今は変わった。来月中学を卒業して、福岡に戻っても絶対しっかりやっていく。」
H君は自分に言い聞かせるように話していた。僕はH君を見て、笑顔で頷いた。
30分ほど星を眺めてそーっと家へ帰り、ベットに入ると今日も僕は一瞬で眠りについた。2泊もさせてもらってしまった。明日は熊本、長崎に向かおう。
羊が生まれた
右 Oさん、真ん中 オーナー、左 元大工のおっちゃん


